KAGEROU 齋藤智裕

今日は打ち合わせがあったので、久しぶりに都心へ。

打ち合わせも終わり、神保町の三省堂に入ると、

シャンパンタワーのように高く積みあがった本が。

そういえば、朝のワイドショーで岩井志麻子さんが、

いろいろ書評をしていたような気が。

齋藤智裕の名前で応募したら、いきなりポプラ社小説大賞

大賞を受賞!

KAGEROU」が今日発売。

何度、買おうかどうか迷いましたが・・・

キャンペーンのお姉さんに負けて買ってしまいました。。。
(キャンペーンのお姉さんにせいにする、意志の弱いわたし)

本は行間がかなり空いているし、236ページなので、

喫茶店と帰り電車1時間で読了。

まず文章が硬くなく、読みやすい!

すいすい読めてしまう。

展開が早いので、ストーリーに入りこんでいけるし、

次の展開、次の展開と読み進めたくなる。

齋藤さん(←あえて齋藤さんと書きます)が言っているテーマが「命」

と言っているので、もっと重い話を想定していた。

確かに自殺した人を引き止めるところから話は始まるのだから、

重いといえば重いのだが、主人公のノリが軽い!

だから、テーマは重いのにノリは軽くスピーティーに展開していく、

最後はお涙頂戴で泣かせるのかと思ったが、

そうではなかったのが意外だった。

よくある「命を大切に」というテーマがモロに出てしまう内容の

押し付けがましくないのが良かった。

岩井志麻子さんがワイドショーでドンデン返しがあると言っていたが、

大ドンデン返しではなく中ドンデン返しがある。

でも最近の小説の傾向にあるように、最後は読者にゆだねようという

終わり方になっている。

自分としては、それほど感情が揺さぶられるというような内容ではないが、

エンターテイメントとしては十分に楽しめる。

45万部の予約がすでに入っているというが、

出版不況のなかでポプラ社はよかったね!

逆に課題としては、

文章表現が稚拙であるのと

十分に推敲しているのかという点に疑問が残る。

今回はこれで売れてしまったからいいのだろうが、

次回作が作家として真価が問われるのだろう。

出版社は売れるからという理由で、どんどん出して

作家として育てる気がなくなったら非常に残念である。

KAGEROU
KAGEROU
posted with amazlet at 10.12.15
齋藤智裕
ポプラ社 (2010-12-15)
売り上げランキング: 1

村上春樹全作品 1979~1989〈1〉 風の歌を聴け;1973年のピンボール

村上春樹のデビュー作と第2作目が収録された本。
はっきり言って内容はわからない。ストーリーの脈絡も何もないように思う。
それでも、読むと暖かいような冷たいような。そう、身体の中で響いていくというのが一番しっくりくるかもしれない。意識では捉えることができないが、無意識はしっかりと反応してしまうのだろう。
この小説は読むのではない、感じるモノだ。

官僚たちの夏 城山三郎

時代は60年代。主人公の風越信吾は、通産省のキャリア。ゆくは次官として期待され、「ミスター通産省」と呼ばれている。風越の趣味と言えば人事。通産省のキャリアたちの名前をカードに書き、カードを動かすことで人事をいつも考えている。

この小説の焦点は2つある。

ひとつは「指定産業振興法」の法案を国会で通すこと。60年代はまだ自分が産まれていなかったので、どんな時代なのかわからない。小説で説明されているのは、通産省が国内の産業を保護しているので、国外から国内市場の自由化を迫られているというものだ。この時代から既に自由競争を国外から迫られていたということだ。現在ではグローバリズムのもとに生き残っている産業、死んでしまった産業は様々だ。ここからグローバリズムが始まっていたかと思うと驚きであった。

結局、法案は通らなかったのであるが、通産省の勢い、熱気を感じる。いわゆるこの時代は男気を感じるのだ。仕事にすべての人生を掲げる。仕事ができるのが男の証。そこにダンディズムを感じる。今の日本では感じることができない上昇気流というものを感じることができる。

そして、もうひとつは風越の人事、仕事観、上司としての部下の接し方である。それも、現在ではパワハラとしてとられる行動も含まれている。でも、この時代はそれがダンディズムだった。

風越の仕事観はこうだ。

「おれは、余力を温存しておくような生き方は、好まん。男はいつでも、仕事に全力を出して生きるべきなんだ」

この反対の価値観を持つのが、エリートの片山だ。片山は仕事もそこそこに、テニスもサッカーもゴルフもヨットもこなす。それでいて仕事に手を抜いているわけではない。仕事も遊びもそつなくこなす。

そして、話の最後に風越の目をかけていた部下が死んだり、病院に入院してしまう。今で言えば過労死、労災と言われてもおかしくないものだ。

風腰は、最後に新聞記者に窘められる。

「ケガを突っ走るような世の中は、もうそろそろ終わりや。通産省そのものがそんなこと許されなくなっている。・・・」

最後に風越の時代は終わった。正確には、ダンディズムという価値観は終わったのだ。
寂しいようで、次の時代の到来を予感させることで話は終わる。

ちなみに、最近は太陽にほえろや西部警察のような男に人気があるドラマは製作されなくなってきた。そのわけは、男の消費が冷え込んでいるから、男が好きな商品を持つ会社のスポンサーがどんどんいなくなっているわけだ。だから今は女の人に好まれるCMばかりが目につく。

時代の変遷を感じる小説であるが、日本の仕事感としてのパッションを感じる。今で言えば暑苦しいととらえられるのであろうか。