CSRに対する疑問・・・株式会社に社会的責任はあるか

まだ読んでいませんが、日経ビジネス2006.7.31の書評欄におもしろい本があったので紹介します。

著者は奥村宏さんで、株式会社研究家となっています。日経ビジネスでは作者にインタービューするという形式で紹介されています。今までCSRに対する違和感というのが少しありましたが、このインタビューを読むとなるほどと、納得させられました。

青字は引用です。

企業が社会的に善いことをして、しかも儲かる。実現できるなら、これほどうまい話はないわけですが、それは本当なのかという疑問を感じていました。そもそも「企業に社会的責任があると言えるのか」という議論を棚上げしたまま、「企業は清く正しくあれ」と、まるで昔の修身の教科書のようなことばかりを言っている。40年近く株式会社の研究を続けてきた私の目から見ると、全く空疎な議論に映ります。

確かにそうですね。企業は社会的責任があるという根拠を示してくれた人はいないのではないでしょうか。そもそも、社会的な責任の取り方というのがあいまいな気がします。松下のように、マスコミを使用して欠陥商品の回収を呼びかけるのが社会的責任の取り方なのでしょうか。あれは松下だからできたことで、体力のない企業がやると企業の存続自体が危ういと言われています。
法律では、民事上の損害賠償を負うものの、基本的に刑事事件は問われません。著者は、「犯罪責任が取れない企業が、なぜ社会的責任が取れるのか」という疑問を投げかけています。

株式会社の在り方自体が大きな転換点を迎えている、言い換えれば、限界に来ていることの表れでしょう。 株式会社の大原則は、株主の責任は有限だということです。会社が破綻すれば株券が紙くずになるリスクは負いますが、それ以上の責任は問われません。~中略~ ですから、株式会社が株主のものだとするなら、株式会社に社会的責任なんてあるはずがない。にもかかわらず、社会的責任を果たすと言わなければならないのだとすれば、これは大きな矛盾であり、問われるべきは株式会社の在り方だと思います。

「うちの会社は社会に役立つ寄付やボランティア活動をこれだけ実施しています」などどいった主張はまさに企業宣伝でしかありません。企業意識がしているかどうか分かりませんが、それが企業に対する外部からの改革圧力を弱めたり、防ぐ役割を果たしているのです。

最近は、SRIは、“Socially Responsible Investment” という社会的責任投資という言葉もありまるから、株主に対するPRとして意識的にCSRをやっているところはあると思います。 CSRって当たり前のことをわざわざ宣伝して言っているような気がします。これも企業批判に対する防衛策という側面なんでしょうか。

-宣伝のためだとしても、寄付やボランティアなどに取り組むことにある程度の意義があるのではありませんか。 誰が寄付や献金を決めているのでしょうか。経営者ですよね。相手が政党や政治家であっても、株主総会での議論を経ずに、自分の都合の良い相手に寄付や献金をする。こして”他人のお金”を勝手に献金しておいて、企業の社会的責任だなどというなら、まさに噴飯ものの議論です。
~中略~
社会的責任を経営者が最終的に負うというようにルール化することも考えられます。社会的責任を果たさない経営者は処罰されたり、追放されるといった形です。

CSRという言葉が独り歩きして、ブームだから消費者受けがいいからといった体裁だけでやるのがCSRなんでしょうか。もっと根本的なCSRについて考えていく必要があると思います。

株式会社に社会的責任はあるか
株式会社に社会的責任はあるか
posted with amazlet on 06.07.30
奥村 宏
岩波書店 (2006/06)
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ZenCartの本が発売

ZenCartの本が初めて出版されました。

今年の4月にZenCartでネットショップの制作お手伝いをしましたが、資料となる書籍はなく手がかりとなるWebのみでした。それでも、なんとか制作できてしまいました^^

ZenCartは商品数が多く、これから自分で商品をどんどん登録していきたい人にはオススメです。
買い物かご、決済機能、レビュー機能やメールマガジン機能もあるので、高機能なネットショップが短期間にできるのが特徴ですね。
商品数が多くなくても、買い物かご機能や決済機能が標準で使用できるのはありがたいです。

今回出版された本は、標準での設定のみですね。ソースをいじるような設定はあまり解説されていませんが、それでもZenCartでは標準でかなり細かい設定ができるので、ネットショップを運営する方にはマニュアル本としていいかもしれません。

XOOPとの連携もあるので、今度はXOOPSとの連携にも挑戦してみようかなと思っています。

オープンソースZen Cartで作る本格インターネットショップ―無料で使えるXOOPSでさらに便利に!
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posted with amazlet on 06.07.28
佐久嶋 ひろみ
メディア・テック出版 (2006/07)
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堀井さんの本はおもしろいね・・・若者殺しの時代

週間文春で連載している堀井さんの本です。若者文化は以下に変遷され、どこにいこうとしているのか。とてもよく調査されています。いっきに読んでしまいました。

この本に載っていた、80年代と90年代の若者文化の変遷

  • 1983年 恋愛のクリスマスが始まる
  • 1987年 男子が恋愛のクリスマスに追いつく
  • 1987年 TDLが聖地化しはじめる
  • 1989年 貧乏を完全に捨てる
  • 1989年 カルチャーとしてのマンガを捨てた
  • 1990年 文章は機械で書くものになる
  • 1991年 ラブストーリーを見て女子が勝手に恋愛レートを上げた
  • 1991年 そのぶん男子のためにヘアヌードが安くなった
  • 1993年 女子高生の性商品化が始める
  • 1997年 携帯電話で社会が覆われる
  • 1997年 大学の「単位」が「来る」ものになり世界はバーチャルになる

「恋愛」のクリスマスが始まる
 雑誌ananがホテルやペンションで過ごす二人だけのクリスマスを特集し、正月よりクリスマスが大切であることを広める。

男子が恋愛のクリスマスに追いつく
 78年から83年まで、ポパイが組んでいた特集は「クリスマス、彼女にもらいたいもの」という商品カタログであったが、83年から「クリスマス、彼女に贈りたいもの」に特集が変わる。ちなみに、「クリスマス、彼女にもらいたいもの」特集は、現在の女子にみせると不機嫌になるらしい。

貧乏を完全に捨てる
 「一杯のかけそば」以降、みんな貧乏から成功するという方程式を捨てた(「おしん」も同じ)
おしん以降、NHKの朝ドラは視聴率が落ちるばかり、現実にありえないドラマがリアリティをもてない。

カルチャーとしてのマンガを捨てた
 オタクは宮崎勤と同類であるとみなされ、隠れオタクが増える

ラブストーリーを見て女子が勝手に恋愛レートを上げた
「東京ラブストーリー」にみんな燃えて、女子は「赤名リカ」を絶賛!(「さとみ」は非難された)
W浅野など、生活観のないドラマが占める。ドラマは恋愛至上主義だった。

大学の「単位」が「来る」ものになり世界はバーチャルになる
 単位は「取る」ものではなく、「来る」ものに変わる。
「単位」は与えられたほうが楽。獲得したと思うと面倒が多い。世界は自分のおもいどおりに動いてくれないので、自分のまわりを世界を非現実的に捉えた方が自分を守りやすいという観点から来ている。

するどく、そして膨大な調査から導き出された若者変遷の視点は、とてもおもしろい。
評論家は携帯、マンガ、ゲームが悪いと批判している。しかし、携帯、マンガ、ゲームは企業や社会が生み出した産物をマスコミを利用して若者に普及させてなりたっている。
若者は何もすることができない。マスコミ、企業、社会に型にはめられたような気がする。
フリテンでいつまでたっても、上がれない麻雀のように。

若者殺しの時代
若者殺しの時代
posted with amazlet on 06.07.25
堀井 憲一郎
講談社 (2006/04)
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