茂木健一郎さんの講演を聴く

2010年8月27日、教育心理学会にて茂木健一郎さんの講演を聴くことができました。講演のタイトルは「創造性をはぐくむ教育ー脳科学を生かして-」というタイトルですが、結局は茂木さんが日本の教育を憂う(言いたいことをいうw)という内容でした。

マイケル・サンデル教授の授業は日本の大学講義にインパクトを与えた

ハーバード白熱教室、「これから正義の話をしよう」で一躍日本でも有名になったマイケル・サンデル教授とシンガポールで対談してきたようです。
実はあの講義を行うためには準備に膨大な時間が割かれています。カメラ割や学生にカメラに写ることにサインを求めているといるというのです。そこまでして、入念な準備をして講義に望んでいるんです。
ただ単にオープンカレッジで、つまらない教授の話を垂れ流すだけでは誰も見てくれないでしょう。日本の大学講義に一番必要なのはパッションなんじゃないか?

日本からGoogleやAppleのような企業がなぜ出ない

つるかめ算のような入試をやっているようでは、GoogleやAppleのような発想をする企業を起こせる人材は出てこない。ここでのつるかめ算とは、学問においてフェルマーの最終定理やポアンカレ予想に比べれば、日本の入試はつるかめ算のようだということ。
高校の教科書の範囲で出題される問題を解いているだけでは、世界を変える企業を日本で起こすことはできない。

「はだか踊り」で「社会運動はどうやって起こすか」など日本でも動画が紹介されているアメリカのTED。TEDのいろいろな動画をみているとやっぱりアメリカの底力ってすごいなと関心させられます。これだけのアイディア、テクノロジー、人文科学の研究を行っているのがアメリカの経済を支えているのだと思い知らされます。
本当は資源の少ない日本がやるべきことのはずなんですが。

もう、変な同調圧力はやめよう!変な人でもその人の能力を見てあげようよ。

日本の大学はガラパゴス化

日本の大学は日本人のためにある。東大に入学した高校別入学者数は週刊誌に出ることはあっても、東大の国別入学者数が週刊誌に出ることはない。ハーバード大学はいろいろな国から入学者がおり、そのうちで日本は数人しかない。同じアジアの中国や韓国と比べると明らかに少ない。
そもそも日本の大学には年齢制限があり、誰でもいけるというわけではない。大学なんか行きたいヤツが行けばいいんだ。と茂木さんはおっしゃっていました。

まったくその通りだと思います。ただし、現在の日本制度が大学を出ないと就職もままならないのです。そのレールからドロップアウトすると仕事に就ける確率は極端に減るでしょう。こんな制度なくして大学はいきたいヤツがいく。そして、仕事をして自分には能力が足りないなと思ったら、大学で必要なことを学べばいいんです。本気で講義して、本気で学ぶ。日本の大学に必要なのは「本気」なんじゃないですか?

プロフェッショナルに出演している人の共通点

「他人のために」というのがプロフェッショナルに出演している人の共通点。「自分のために」というのは1人分の力しか出ないけど、家族のため、会社のため、お客のため、地域のため、日本のため、世界のためならその分だけ力が出せる。

茂木さんの日本の教育がマジでやばいという意見には、激しく賛成!!

ボトルネック 米澤穂信

米澤 穂信
新潮社
発売日:2009-09-29

読後感は、はっきり言ってあまりよくない作品です。
しかし、小説としてはよく描けている作品。
最近パラレルワードの話が多いので、「またかぁ」という感じがあったのですが、おもしろく読めました。
(1Q84やクウォンタムファミリーズなどなど)

主人公の嵯峨野リョウは、恋人を弔いに東尋坊に来たが、転落してパラレルワールドに迷い込む。そこでは、自分の世界では生まれないはずだった姉のサキが自分の代わりに住んでいる。

サキの住んでいる世界と、リョウの住んでいる世界は何が違うの?間違いさがしが始まる。

パラレルワールドでなくてもこれは人間よくあることで、人と比較して自分は惨めだ、恵まれない、ダメな人間ではないかと思うことある。
しかし、本当のそうなのだろうか。なぜ自分が産まれてきたのか?その意味は?自分は何をしようとしているのか?芯が崩れてしまうと、人間ももろくなるものである。

自分さがしやパワースポットめぐりなどが流行っているらしいが、そんなところで芯は見つからない。他人と比較しても見つからない。

自分の内面の声を聞け!そして、世界を変えられるのは自分だけ。

打たれ強く生きる 城山 三郎

いわずと知れた城山三郎さんのエッセイ。
さすが城山さん、財界人との太いパイプをもってらっしゃいます。
そして、人物の観察、目の付け所がスルドイです。

このエッセイのぼちぼちが一番から
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「静かに行くものは穏やかに行く、健やかに行く者は遠くまで行く」

ぼちぼちとは、ともかく、前に向かって歩いていることでる。自分のペースで歩き続けているということである。
マスコミの脚光を浴び、ライバルに負けまいと、急成長し、急破綻して行った数多くの人たちを、わたしは思い浮かべずには居れない。それは、マスコミの世界でも、また経営者の世界でも、同様だった。
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大器晩成ってことで,これからボチボチいきます。