「本気」の言葉を「本気」で聞く

宮台真司さんの「日本の難点」、まだ読み途中ですが、最初にコミュニケーション論や教育論が書いてあり非常に興味を持った。

「若者のコミュニケーションはフラット化したか」というテーマについて、日本の人口学的流動化、IT技術の進展についての流動化が進んでいるという。

恋愛関係が一番わかりやすい。(最近は婚姻関係もそうだと思うが)

相手がダメなら、次の人

次の人がダメなら、その次の人

人間関係がすでに代替可能であるということ。これは現在のビジネスもそのような傾向がある。

使えないなと思ったら、次の人

次の人が使えないなら、その次の人

婚活ビジネスや人材派遣ビジネスというのは、こうやって成り立っているといえる。

こういった環境であれば、ヘタにコミットメント(ここでのコミットメントはかかわりあい)すれば「バカをみるか」、「ストーカー扱いされる」と言っている。

以前婚活のテレビを見ていたら、男女が3分ずつ話して席を交代していくお見合いパーティーというのをレポートしていた。これはわたしたちに代替可能関係が一番合理的だということを教えてくれている。

このパーティーでは、へたにコミットメントすればバカをみる。なぜなら、相手は他の人もいろいろ話を聞いてみたいと思っている。あなたはたくさんの候補のうちのひとりなのよと言われているようなものである。果たしてこれで、本気で話を聞いてもらえるのだろうか。そんなことはまずなかろう。だから本気で話そうと思ったら、肩すかしをくらい本気で話したくなくなる。

そして、時間を超えて話そうとすればストーカー扱いだ。w

相手が複数の候補を持つことでリスク分散するならば、自分も複数の候補を持つことでリスク分散を図る。これが合理的というもの。

宮台さんの主張は、心理的なコミットメントの欠如もあるが、社会環境におけるコミットメントの欠如もあると言っている。

先日、NLPのワークでスポンサーシップエクササイズというのを行いました。このエクササイズを端的に言えば、「相手をほめる」ということです。

やり方は簡単。

わたしは、○○さんのXXが見えます。
そして、わたしはそれが好きです。
わたしは、○○さんのXXから△△を感じます。
そして、わたしはそれが好きです。

というメッセージを伝えるだけ。

しかし、これを本気で伝えないとただのおちゃらけたエクササイズになる。照れ笑い、セリフの棒読みなどなど。

そして、受け取る方も本気で受け取れない。「いやー、ぼくはそんな大層なものではないですよ」と妙に遠慮して受け取れない。

それは相手が代替可能だと思っているから。

例えば、友達が自殺すると言ったときにどのようにして止めるか?

宮台さんは、本当に効き目があるセリフというのは、

「お前が死んだら自分は悲しい」
「お前が死んだらつらくて生きていけない」

といったことだと言っている。

しかし、「お前が死んだら自分は悲しい」と言って、友達に「嘘つけ!」と言われたら、たぶん友達はあなたのことは本気ではないと感じていたのだろう。

「お前が死んだら自分は悲しい」というセリフを棒読みで言う。照れ笑いで言う。

今の社会にはこのような関係が蔓延している。

以下、「日本の難点」から引用
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「本気」で聞かなくてもよくなったということは、「本気」で聞いてくれる人がいなくなるということですから、「本気」で喋るのもバカバカしくなります。
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結局「場」だけの適用を求められ、本気で話す、本気で聞くという環境はなくなりました。

今、必要なのは「本気」の話を「本気」で聞くことだ。

そんな環境が本当は必要だ。

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2 あいかわらずの宮台文学爆発
1 分かりにくい本だ。
5 基本的な主張は時代の流れであり違和感はない(収束しつつある物差し)
3 嫌われ宮台の本領発揮
4 「社会」を強化していくということ

「多様性社会」で最も重要なのはコミュニケーション力

ダイヤモンドオンラインの記事に投稿されている記事に興味があったので自分で考えてみた。
(点線は引用です)

気づけば「タダ乗り社員」だと誤解されている? “多様性社会”で最も重要なのはコミュニケーション力
この記事の趣旨はこうだ。
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ネット、携帯、スマートフォン、ソーシャルネットワークサービスにより人との距離感の取り方がわからなくなった。
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これは確かにそのような一面があるだろう。IT機器は「感じる」ということができない。言葉にできない非言語的な部分をネットで伝達するのは難しい。ネット依存になれば、あいてとの距離感という微妙な感覚を感じたり、表現するのは難しくなる。
ただし、ネット=コミュニケーションを阻害している原因と捉えるのは早計だ。それだけが原因であるとは言えないし、ネットから受ける恩恵も大きい。著者はその点も考慮して書いていると思う。
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日本も同質化社会は終焉し、本当の価値観が多様化した社会が来た。
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ネットを利用する人とそうでない人は価値観はまったく違うだろう。ジェネレーションギャップやITギャップ、カントリーギャップ、ジェンダーギャップやグローバルギャップもある。
例えば、以下の会話が記事中にあった。
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井沢:「うちの課長、だめです。話にならないです」
人事:「どうした?」
井沢:「僕がやりたいことがあったので、提案をしたのですが、受け入れてくれないのです」


これを受けて、人事部は井沢君の上司の景山課長(仮名)に話を聞いた。


人事:「井沢君が、景山課長は部下の提案を受け付けないと言っているんだけど」


景山:「井沢ですか? 提案も何も、僕のところに来てごにょごにょ言って帰って行っただけですよ」


人事:「???」


再び、人事と井沢君の面談。


人事:「あなたは、どうやって課長に君のやりたいことを説明したのかな?」


井沢:「説明も何も、僕がやりたいと思ったことがあったので、ちょうど課長がいたから、言いに行ったんですよ」


人事:「それだけ? 何か企画資料は用意したの?」


井沢:「それは持っていってないですよ。だけど、部下のやりたいことを察してやらしてくれるのが上司じゃないですか」


人事:「……」
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一見すると、井沢が悪そうにみえるがこれはお互いがコミュニケーションを取れていないだけであって、どちらが悪いというものではない。そもそもコミュニケーションは、どちらが悪いというものはない。課長の価値観と井沢の価値観が違っただけ。課長は「提案するときは、資料をつくってきちっとプレゼンするのが当たり前」と思っている。井沢は「思いついたアイディアについて、思いを汲み取って欲しいと感じている」ただそれだけのことです。その点についても著者はしっかり説明している。
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今の時代、「わかるように伝えること。それがあなたの責任」という社会が到来しているという前提に立つことが必要だ。


イメージで言えば、今あなたは「外国へ行って仕事をしている」という感覚でものを考えたほうがいいということだ。そこで「意を汲んでくれない相手が悪い」とあなたは言うであろうか。そうではなく、おそらく「伝えるための努力」をするであろう。
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ここで気になるのは、「わかるように伝えること。それがあなたの責任」というところだ。確かに伝える努力をしなければいけない。しかし、伝えるのが苦手という人もいるということも前提に置くことだ。伝えるのが苦手という人がスキルが劣っているかというのは別問題。責任という言葉に「ねばならない」という意味が込められているとしたら変な先入観を生んでしまうだろう。
この記事の著者の本です。興味が沸いてきたので読んでみたいと思います。

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コミュニケーション至上主義社会への疑問

ダイヤモンドオンラインにこんな記事が載っている。

元2ちゃんねる管理人ひろゆき氏との対談で芽生えた外に出ない=ダメな人」という固定観念とコミュニケーション至上主義社会への疑問
http://diamond.jp/articles/-/9175

点線部分は記事からの引用です。

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ひろゆき氏はまず「なぜ人は外出しなければいけないのか?」という視聴者からのコメントを紹介。

「外出しないから、あなたは引きこもりですって、(外出しないことが)悪いことのように言われている気がしている。外出しなければいけないの?って思った時点で、ダメなヤツだと言われたら、しゃーないかな」
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「外出しない=引きこもり」という図式にはならないと思う。この図式によると世界中の偉業を成し遂げた人たちも引きこもりということになるだろう。

ポアンカレ予想を解いたペケルマンは、サンクトペテルブルクで外出しない生活をしている。そして、米国のクレイ数学研究所が贈呈を決めた 賞金100万ドルの受け取りを最終的に断った。

このように偉業を達成する人には、社会生活にうまく適合していていない人も多い。ただし、日本はこのような人を社会から排除する傾向が強いのではないか。

価値観の多様化、ダイバーシティと言いながら、引きこもりの価値観は認めることができていない。ただ単に働けないダメなヤツぐらいのレッテルを貼っている。

わたしが最近つらいことは、「お仕事なにされてるんですか?」ということ、説明しずらいので「情報処理を教えています」と答えています。相手は適当にレッテルを貼ってくれるでしょう。

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「なぜ現代社会は、コミュニケーションスキルを過剰に要求しているのか?」

社会を見回せば、能力よりも要領のいい人が出世していく。逆に、コミュニケーションの下手な人は、実力とは関係なくソンする事も少なくない。日本が「コミュニケーション至上主義」の社会になっていることも、多くの引きこもりを生みだし、社会復帰を妨げる背景にあるといえる。
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ここで言う「ソン」という言葉について。このソンというのは、お金を稼げるか、そうでないかというソンなのでしょう。つまり、資本主義というシステムの中でソンをしているということです。このコミュニケーション至上主義というは、コミュニケーションが資本主義の中でお金を稼ぐための道具になってしまったということではないでしょうか。

会社が求めるコミュニケーション能力とは、お金を稼ぐための能力のこと?村八分にされない能力のこと?

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ひろゆき氏はここで、身近で働くアスペルガー障害を持った人が、プログラマーとしては非常に優秀だったのに、サーバーがアダルトサイトにアクセスしてしまい、警察に逮捕された話を紹介した。彼は誤解を解こうと一生懸命説明するものの、話がシドロモドロのため、理解できない警察は23日間勾留。出てきたときには会社を解雇され、家賃も払えなくなって、ホームレス寸前にまでなったという。
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コミュニケーションとは、そもそも相互作用のことだ。
上の例でいうと、警察は彼の説明を理解できなかった。逮捕された彼も相手に説明することができなかった。これは逮捕された彼に責任があるのではなく、警察がただ理解できなったというだけである。お互いのコミュニケーションが通じていなかった。それでなぜ逮捕されるのかというのはわからない。

その後、会社も彼を解雇してしまうが、事実を確認したのだろうか。そして、彼の能力は正当に評価されていたのであろうか。もし、彼が説明できなくても、周りのエンジニアを彼の代わりに説明してあげることはできなかったのだろうか。

結局はコミュニケーション至上主義というのは個人至上主義ということ。
コミュニケーションスキルが高ければ、お互いがお互いを支え合うコミュニティを構築していけるはずである。

要領がよくて出世していくのは個人至上主義。
外出できない人を引きこもりと言うのも個人至上主義。

外出できない人が増えているのは、システムという制度が破綻してきている証拠なんだろう。そのシステムの中だけで図らないことだ。