そこのあーた、ねぇねぇ、もっとゆる~くいかない?ビバ、リラックス!!

自伝ドクター苫米地「脳の履歴書」 苫米地英人

 今すごい勢いで本を出す人が二人いる。勝間和代さんとこの苫米地先生だろう。苫米地先生の本はいくつか読んだことがあるのですが。。。実際どうゆう人かというのはあまり知りませんでした。まぁ、オウムの洗脳を解いた人ということぐらいしか認識していませんでした。それが、この本でドクター苫米地の履歴初公開なのです。

1.中学のときに父の転勤で米国へ
 中学のときに父の都合で米国へ転勤した。そのときに飛び級で高校3年のクラスに入っていたという。そして、数学だけは大学でのカリキュラムで編微分を学んでいたという。
 そして、高校になって日本の高校に入ったがついていけなかったという。なぜなら、高校は受験のため計算の速さを競うようになっていたからである。それでもすぐに慣れたということだった。

2.ディベートをするために上智大学へ
 苫米地先生はディベートをするために上智大学へいくことを決めたそうだ。上智に決めたのは、日本でディベートが一番だったからと理由である。苫米地先生は目標とするときにNo.1を目指すといっている。
 当時の日本はディベートというのはスピーチコンテストのようなものであり、苫米地先生が米国流のディベートを持ち込んだという。
 そのときに、あの上祐氏にもディベートを指導したこともあるという。

3.就職へ三菱地所へ
 就職はコネで三菱地所に入ったという。そして、1年目は会計の仕事をまかされたという。その後、同時通訳の仕事もしていたためVIPの同時通訳をするために海外へもいったという。そして、日本はバブルだったためにあのロックフェラーセンターの買収にも関わった。

4.イエール大学からカーネギーメロン大学へ
 フルブライト奨学生制度で、人口知能の研究のためイエール大学へ入学するも尊敬していた教授がサバティカルでパリへいってしまったので、論文テーマが決まらず困ったいたという。
 そこで、カーネギーメロン大学へ編入したが、カーネギーの方が予算が桁違いに多く、ハードウェアなど欲しいものがすぐに手に入ったようである。カーネギーメロンはコンピュータ科学では全米一の大学なのだ。

5.徳島大学助教授とジャストシステムへ
 徳島大学助教授の仕事をしながら、ジャストシステムに入社した。ジャストシステムでは存分に研究費が与えられ思うような研究ができたという。漢字変換システムのATOKや、Macに使用されていることえりの開発にも関わったという。ちょうどこの頃から、オウム事件にかかわるようになっていった。

6.オウムは国際的な洗脳実験施設なのか?
 苫米地先生いわく、オウムは国際的な洗脳実験施設だという。
 昔、CIAはカナダの病院を借り切って病院全体を洗脳実験の場所にしていたという。その日本版がオウムなのだと。その中には海外のスパイもいたという。
 オウムに捜査が入る前に、海外のヘリコプターが上九一色村から飛び立って、データを盗んでいったという。
 国松元長官の狙撃事件で逮捕されたK巡査部長は、実はもと公安でオウムに潜入捜査のためにオウムに入信したのだとか。それが、ミイラ取りがミイラに・・・。

7.学校設立と戦争、差別のない世界へ
 そんなドクター苫米地は、今度学校設立と差別、戦争のない世界を目指すという。将来のことを考えると、教育は重要である。そして、資本主義はもう世界に必要ないという。この世はどのような世界になっていくのであろうか?

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4 苫米地氏の背景がよくわかる。
3 著者の経歴に辟易(へきえき)する読者、一方著者の思考から学び取る読者
3 いわく云い難い一作
5 今までの苫米地本で一番面白かった

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