そこのあーた、ねぇねぇ、もっとゆる~くいかない?ビバ、リラックス!!

一神教vs多神教 岸田秀

著者は精神分析者であり、宗教学者ではないみたいですが一神教と多神教の考察についてユニークな見解をしめしています。ただし、この本は対談本となっていますので、史実に基づいて検証したという内容ではないようです。

・一神教はなぜ普及していったのか

現在の一神教といえばキリスト教とユダヤ教、イスラム教の3つであるが、このうちのキリスト教とイスラム教の2つの宗教は世界を席巻するようになったのか。(ユダヤ教はユダヤ民族のものです)

この本を読むとおどろくべきことに一神教の根源は差別され、追い詰められた者のための宗教であるということだった。

もともと白人の先祖は黒人から生まれ、その人たちは差別されて北方に追いやられたという説を説いている。そのときの恨みが残っているのか、白人たちは黒人を差別するようになったといっています。被害者意識が強ければ強いほど残酷な加害者になるということ。被害者は劣等感、屈辱感を補償したくなるため、さらに誰かを攻撃して加害者になるのです。

昔、ヨーロッパでは、多神教であった。しかし、キリスト教をおしつけられたんですね。(意識的には押し付けられていないかもしれないが)その押し付けを、他にも押し付けようとしたのではないでしょうか。それがキリスト教布教の根本になっています。

ユダヤ人はモーゼに率いられてエジプトから脱出してカナンの地に行った人々のことです。もともとはエジプト人の奴隷として働いていた人たちが脱出したのがユダヤ人で、そのユダヤ人が創った宗教がユダヤ教ですね。これもやはり、ユダヤ人の迫害から来ているのです。

もともと中世のカトリックは、先祖崇拝をしていたゲルマン民族を煉獄ということを創り出し布教をすすめたといいます。もともと煉獄というのは聖書にはのっていないのですね。
(煉獄とは煉獄の霊に祈れば、先祖も天国にいけると理屈)

資本主義も一神教なのか?

資本主義も一神教なのだろうか。ここからは私の意見ですが、自由と民主主義を盾に世界にそれを押し付けようとしたのが、アメリカを始とする西洋文明だと思うのです。
押し付けというのは、自分たちが押し付けられた、迫害された被害者だったということです。自由と民主主義が正義、資本主義が正義という錦の旗をたてて世界を席巻しようとした。世界中が自由と民主主義、資本主義となれば世界は平和になるのでしょうか。それって、イスラムの原理主義と同じ。競馬のお馬さんは他に気が散らないようにブリンカーをしていますが、それでは前ばかり見えて視野が狭くなってしまいます。狭い枠の中に入ると、とらわれてしまうのではないでしょうか。

いろいろな神がいて、いろいろな多様性がある方がいい。その方が選択肢は多くなる。多様性を認めることの方が世界は平和になるのか。それはわからないけど。

一神教vs多神教
一神教vs多神教

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岸田 秀 三浦 雅士
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