そこのあーた、ねぇねぇ、もっとゆる~くいかない?ビバ、リラックス!!

人はネットでバカになっているか?

ダイヤモンドオンラインに、「iPad、グーグル、ツイッターでヒトは本当に馬鹿になりつつあるのか~米国の著名テクノロジー思想家ニコラス・カーが語る“ネット脳”の恐ろしさ」という記事があった。↓
http://diamond.jp/articles/-/9463

よくこのような主張は無意味で、技術の発展を無視するのかという人もいますが、物事には光と闇があり、いいこともあれば悪いこともあるもの。ニコラス・カーはハーバードビジネスレビューの元責任編集者。ITやテクノロジーに逆説をつきつけることで有名です。
逆の視点を持つことはとても重要です。

点線は引用です。

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われわれは、単語は単語だから、オンラインで読もうが、印刷された本で読もうが、同じだとすぐに結論付けてしまう。しかし、本をテクノロジーと定義して、それをコンピュータ画面で読む場合と比較検証すると、(われわれの脳が受ける影響は)じつはかなり違うことが分かる。
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この主張には興味を惹かれた。

本当に脳の影響を測定したのかどうかわかりません。
一度、諏訪東京理科大学の篠原菊紀の研究室で実験してもらいたいです。

ではなぜ脳が受ける影響が違うかというと、ニコラス・カーが言うにはネットの方が注意散漫になりやすいということだ。ネットの大量の競合する情報や刺激に溢れていると、物語の深いところまで入っていけないという。

確かにそれは思うことがある。
こうして、私もネットの記事を読むことが多いのだが、長時間読むのには耐えられない。まず、目がチカチカして頭痛がしてくる。そして、首、肩などにコリを感じる。どうしても注意力散漫にならない。

そして、飽きてくるとメールチェック、twitterチェック、mixiチェックなどを始めてしまう。ww

私が考える従来の本のよいところは、手触りだと思う。

あの紙をぺらぺらとめくる感触。
文章を指でなぞって読む感触。
そして、装丁を楽しみ、厚くて権威のある本、軽くて楽しめる本、といった重さを感じてみる。

それが楽しみになっていることがある。(私だけかもしれないが)
だから、本屋で本が並んでいる、図書館で本が並んでいるのを見ると、それだけで何ともいえない悦があるのだ。

だだし、電子書籍がまったく使えないかというとそうではない。
出張や旅行にいくときはたくさん本を持って行きたいけれど、そんなに持って行ったら重くてしょうがない。そんなとき、iPadやキンドルなどがあれば便利だと思うことがある。

また、iTunesからネットで音楽をダウンロードして聞くことはある。
やはり、この曲やアルバムは手元に残しておきたいと思うと購入してしまう。

その辺がまだデジタルネイティブじゃないのかもしれない。

コンピュータでできないことは五感で感じること。(今のところは)言葉にできない微妙なニュアンスを感じて表現することは難しい。

これは私の主観的な感覚ですが、
それを忘れてしまうと、なんだか人間でいる意味が失われてしまう気がする。

もちろん、ITやネットの恩恵は大きいわけだから時代を後ろに戻すことはできない。でも、ふと立ち返ってゆっくりと感じてみることは必要なのだろう。

さらにニコラス・カーはこんなことも言っている。
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コンピュータで探せばいいから、何も覚える必要はないと言う人までいる。しかし、ものを覚えたり、学んだりするプロセスこそが、それが書かれた字であれ、他のことであれ、われわれの思考と知的な生活に深みを与えるものなのだ。

 もし脳の中に何もなければ、何も考えることはない。情報は即見つけられるかもしれないが、その情報について複雑な思考や概念的な思考を持つことはない。
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私たちがここでこうしているのは、過去の知見を得て、こうして現在にいたっている。だから、現在の自分を作っているのは過去の知識や情報なのだ。

Googleで検索すればいいから、何も覚える必要はないというのは自分は空っぽでもいいということなのだろうか。

人間には本来、何かを学習したいという欲求が備わっている。それをネットへ勝手に移行させてしまうのは人間の欲求を捨ててしまうことと同じだ。

「深堀り」を忘れてしまっている人が多いということだろう。
ネットの情報を見て、それをそのまま受け入れる。もしくは、自分の意にそぐわない情報は拾わない。そんな人が増えてしまったのだろうか。

なぜ、そんなことが起こっているのか?
なぜ、自分はこのように考えたのか?

こうした奥深くまで思考することをしなくなる。しかし、この理由もわかる。
なぜなら、奥深く思考することが脳に一番負荷がかかるから。
「う~ん」と脳に負荷をかけるのはつらい。オーバーヒートしそうになることもある。

また、こうした深堀り思考をすると「あいつは変なことを考えている」とあしらわれることがある。いわゆる「ウザい」ということだ。
確かに、他人の思考の手伝いをすることも大変だが、深堀り思考している人の邪魔をしてはいけないと思う。それが素晴らしい発展になることもあるのだから。

だから私たちは脳に負荷をかけることを忘れてはいけない。筋肉を鍛えるように。
認知症の予防にもいいらしいですよw

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること
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4 自分が自分ではなくなるかもしれない恐怖を自覚できるか
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